#1109 認識の力を利用して行動を縛る!

昨日書いたことは「ブログを毎日書く」と決め、それを実現するために文章の質は問わない、質よりもむしろ数で勝負で、数打ちゃ良い文章も何本かは出てきてくるだろう(いや、出てきて欲しい汗)というものでした。

つまり、全ての始まりは「ブログは毎日書くものだ」と決めていることです。この決める、そう思い込む、というのは非常に強いパワーを発揮すると思っています。こじつけでも、根拠はなくても、ロジックなんて通っていなくても。

例えば、自分は健康のため「会社ではエレベーターに乗らない」と決めています。決める前は、体重維持や健康管理のために、エレベーターには乗らずに階段を使う方が良いのは分かっているのですが、エレベーターの前を通る度に「楽なので乗りたいなあ、でも健康のためには乗らないほうがいいので我慢すべきだ。でも、どうしようっかな~(汗)」という無駄な迷いのエネルギーが生じていました。

そして、そこで欲望に負けて『今回だけ』乗ってしまうと、また次にエレベーターの前を通りがかった時に『今回だけ』を繰り返して、結局は全く階段を使わなくなってしまいました。。。

こんな無駄なエネルギーと意志の弱い自分に対する罪悪感の無限ループに陥ってしまうのはもうゴメンです。そうなるくらいなら『エレベーターには絶対に乗らない』と決めてしまうと、後はそれを実行するだけなのでとても楽になります。その際に自分は思い込みの力を借りています。

例えば、今の自分にとってエレベーターとは『体の不自由な方、お年寄りの方、小さなお子様をお連れの方や妊娠中の方』のためのものであり、ついでに『その付近ではマナーモードにして通話はご遠慮ください』くらいの場所だと決めつけています。

元気な方でエレベーターに乗っても良いのは『体脂肪率が一桁台のアスリートのみ』であり、それ以外の人間は『両手に荷物があって、かつパソコンを持ち歩いている時』また『偉い人の一緒に移動のために乗らざるを得ない時』以外は乗っちゃダメなものだ、と思い込ませています。そうすると乗りたいって思わなくなりました、だって体脂肪率が余裕で二桁の自分は乗っちゃダメなんですから。。。

似たような思い込みは他にもやっています。例えば『会社に献血車がきたら必ず献血する、なぜなら元気な人にとっては社会保障関連の税金の一部(物納)で義務だから』と思い込んでいます。この際、事実とかロジックとは関係ありません。そうすると、心の底から注射嫌いな自分であっても、『怖いだの痛いだの騒いだ挙句、献血に行こうか、でも行きたくない』なんて迷う余地なんてありません、そりゃ~行くでしょう、(自分の中では)国民の義務なので行かなきゃダメって事になってるんですから。。。

他にも『ジュースは絵の具入り砂糖水、お菓子は油と砂糖を混ぜたもの、酒は液体麻薬』と決めつけています(自分は、ですよ、決して押しけではありません!)。お菓子やお酒を癒やしと捉えるか、毒や害悪と捉えるかで、食べたいかどうかが決まっています。『ジュースを飲んで気分をリフレッシュ!』と捉えるか『砂糖水をダラダラと飲むので、不規則な糖分摂取で無駄に血糖値を上げて体に負荷をかけている』と捉えるかで、飲みたいか飲みたくないかが大きく変わってきます(自分の場合は、ですよ!汗)

誰もが体に良いか悪いかはわかっているのにやめられないのは、食品会社や飲料メーカーの巧みなマーケティングにより、自分の認識が書き換えられているからだと思います(社員の皆様、すみません汗)。放っておくと強烈なマーケティングによりすぐに書き換えられちゃうので、『ジュース・お菓子・お酒は飲んじゃダメ!』って自分でもう一回上書きしておきます。

ということで。。。

会社のエレベーターの中でポテチとジュースの入ったコンビニ袋を抱える自分を見かけても、見ぬふりをしてくださいねっ(汗)


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