やれば出来るという根拠のない思い込みの力 #1192

小さい頃から自分が上手く出来ないことに対して『まだ本気を出していないだけ、自分ならやれば出来る』と言い続けてきました。こう書いてしまうと本当に恥ずかしいほどのスーパー負け惜しみです (汗)。とは言え、この負け惜しみのお陰で自分は救われて来たと思っています。

『やれば出来る』という思いにもちろん根拠はありません。ですが、そのように思っている限り自分が何かにつまづいて前に進めない時でも、『やれば出来るはずなのに、上手く行かないのは努力が足りないからだ』とか『このやり方が良くないのだから、やり方を変えたほうが良いのではないか』と思い込むことで、もっと頑張ったり行動を修正することが出来ます。

ここで『自分はダメなんだ』と思わずに努力を続けることが出来ることが重要なポイントかもしれないと思っています。要は諦めが悪いと表現するのが良いかもしれませんが、出来るまでやろうとします。エジソンじゃないですが、たとえ上手く行かなくてもそれは上手く行かない方法が分かっただけで、諦めない限り失敗ではありません。だって『本気を出せば出来る』はずなので(笑)。

まあ、そんなスーパー屁理屈でこれまでなんとか上手くやって来れたということは、元からそれほど難しいことに挑戦していないだけなのかもしれません。ですが、そういう低い目標をクリアすることを積み重ねることで『やっぱり自分にはやれば出来るのだ』という(おそらくはただの勘違いである)思い込みを重ねて刷り込むことが出来ます。上記の通り、諦めが悪いだけなのは分かっているのですが、この思い込みがあるからこそ途中でも努力を切らさずに活動できるのだと思います。

何度も書いている通り、努力と成果の間には通常は大きなタイムラグが存在します。分かりやすい例で言えば、誰でも自分が『成長したな』と思えるのは成長している時では無く、ずっと後になってから振り返った時にはじめてそう思えるのではないでしょうか。大きな成果を狙っているなら、なおさらそのタイムラグは大きくなるはずです。

この間、成長も成果も感じることが出来ないままに何かを続けていくことは、『相当に諦めが悪い』か『何かの信念(信仰?笑)があるか』のどちらかしかないでしょう。このどちらも持っていると勘違いしている自分は、瞬発力では全く以て優れていませんが、持久系なのかも知れないと思います。ですので、楽して成果だけを手に入れようとせずに、長期間かけて計画的に努力をしていきたいと思います(すぐにサボって楽をしようとするので自戒の念を込めて、書いてみました汗)。


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