多くの命を救う研究の存在を信じる

自分が関わっている医薬品の探索研究は、殆どの場合失敗する非常に成功確率の低い仕事です。探索研究では病気の原因となるタンパク質の機能を調節する分子を探していくのですが、必ずしも薬として適切な分子を探すことが出来るとは限らないですし、また折角探す事が出来てもそもそも病気の原因と考えていたタンパク質が実は病気とは関係ないことが後から分かったということもあります。

医薬品の標的となる分子の報告に関しては、ちょっと論文を調べればそれこそ山のように出てきます。というのは、論文を書く立場としては研究のインパクトを高めたいという目的から、自分の研究対象を創薬と関係されて書いていくことは非常によく見られるからです。しかし実際のところは、創薬標的分子の数は数えるほどしかなく、その差分はほとんど『ハズレ』ということになります。

これには様々な理由があり、マウスなどのモデル動物では薬効を確認できるけれどもヒトでは効かなかったとか、病気の原因にもなっているけど正常な組織でも重要な役割を果たしているため病気には効くけど正常組織にも効くために副作用が大きくて薬として使えないとか、そもそもどうも論文が間違っているのではないか(論文の結果が再現できない)とか、色々な場合があります。

そもそも自分たちの探索研究という仕事はハイリスク・ハイリターンの仕事です。ですので、上記のような『標的がハズレである可能性』も分かって上で、でも万が一にでも一つ当たればOKだからと考えて仕事をします。探索研究ではそんな事を繰り返しているので、何か新しい論文報告や社内の知見が出てきても、『今回は大丈夫なのか?』とか『また間違っているんじゃないか?』とかそもそも疑ってかかってしまいます。良くないな、と思っています。

ただ一方で、過去を振り返ってみると、報告された分子を標的として薬が作られた例も数は少ないですが実際にあるんですよね。たとえば最近読み返す機会があった、自治医大の間野先生(現、東大)のグループによる肺がんの原因遺伝子の発見の論文などです。原著はコチラです。実際にこのタンパク質を標的とする薬が世界中で開発され、ファイザー、中外製薬、ノバルティスなどが開発に成功し、実際の臨床現場で目覚ましいガンの治療効果が確認できています(専門外の方にはあまり伝わらない表現かもしれないんですが、本当に感動するほどの成績です)。

この論文が発表された2007年当時にどう感じていたかというと、もの凄い論文だとは思ってはいたのですが、この発見が『確実』に薬につながるという強い確信を持っててたかというと、そうではなかったように思います。その当時には(あとから間違いだと分かったものも含め)多くの論文が発表されていて、そのどれもが薬になりそうだと思え、そういう玉石混交の中ではこの論文だけに注目しているわけにはいきませんでした。

今から振り返ってみると、自分の先見性のなさを悔いると共に、(山ほどのハズレの山の中に)こういう実際に沢山の人の命を救った論文が出ている可能性があることを信じれんかった自分を反省します。当たる確率は低いのかもしれないけど、今後もこのような多くの人の命を救う研究の論文は出続けるだろうという信念をもって仕事にあたらないといけないと反省しています。明日からまた気を入れて頑張りたいと思います!


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