言葉のインストールを儀式化したい

ちょうど一年前に父親から万年筆を譲り受け、また自分でも入門用の万年筆を買って以来、書くという事に対して喜びを感じるようになっています。また赤羽雄二さんのセミナーに参加して『メモ書き』の効果を知ってから、実際に手で書くという行為が非常に増えてきました。そもそもの目的は『字を綺麗に書きたい』ということで、残念ながらそれは一向に改善していませんが、別の意味で自分にプラスに働いています。それは『言葉を記憶する』という意味においてです。

何度も書いている通り、本を読んでもセミナーに行ってもまたその他の体験をしても、言葉にして自分の中に留めておかなければ自然と流れていってしまい、結局は勉強をする前の状態に戻ってしまいます。

そこでこのブログに何度も書いている通り、『これは!』というような言葉はそれこそ丸暗記するつもりで自分の中に残しておかないと、結局は大切なところで使うことが出来ず、成果にはつながりません。そのため一度学んだ言葉を丸暗記するために出来ることは、次のインプットをする以上に重要だと位置づけるべきだと思っています。

その目的のために、ブログを書く時にキーボードで打つだけではなく、実際にノートに手で文字を書き込むことをしています。これは名言の写経みたいなものです。これは鮒谷さんのセミナーでご紹介頂いたことで、早速自分もやってみたいのですが、言葉の残りが違います(と勘違いしているだけかもしれませんが笑)。この際に、快適にスラスラと書けかつ『自分、エエこと書いている、かっこいいかも』みたいな大いなる勘違いが出来るという意味で万年筆は最適です (笑)。

子供の頃、剣道をやっていた親類に家宝(?)の日本刀を見せてもらいました。鞘から抜いたキラリと光る日本刀を扱う親類を見て、息を呑んでただじっとしていたのを思い出します。その刀を前に座礼をする姿から始まる一連の作業はまさにある種の儀式のように思いました。その緊張感ほどでは無いですが、それでもノートを広げ、万年筆を取り出し、キャップを外し、そして大切な言葉を書き込む、という一連のルーティンこそが、儀式のように緊張感を生み出し、言葉の定着率を高めているように思います。

ただ最近は(安物の笑)万年筆には慣れてきて緊張感や高揚感がなくなってきているのは残念です。ということで、自分が使う度に喜びを感じかつドキドキできるような自分のこだわりの万年筆を買いたいと思うようになりました。確かに単に筆記用具として考えると贅沢ですが、もしそれで大切な言葉を一つでも二つでもインストールできれば、それだけで元は取れるのではないかと思います。ということで、早速、ドキドキできるこだわりの買いに行きたいと思います!(と、散財しようとする自分を正当化していますが笑)


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