過ぎ去った過去を捨てることから成長は始まる

昨日、フルマラソンを走りながら(朦朧とする意識の中で笑)考えてたことを、備忘録的に書き綴っておきたいのですが、それは『自分の体力を過信していた』ということです。自分はスポーツは見る方も好きでしたが、自分がプレーをする方がもっと好きで、ずっと運動を続けてきました。小中学校時代は剣道を中心にいろいろな武道を、高校時代は12キロの道をママチャリで毎日往復し、学生時代はサッカー漬けで体を動かしていないと気持ちが悪いというくらいでした。

この『昔、部活をやっていた・スポーツをやっていた』という事実から、今でも自分は体力はあるとか、運動が出来るとか、思い込んでいるフシはありました。しかし、思えばそれは学生時代までのことであり、10年くらい前の話です。社会人になってからも、ボルダリング、サーフィン、マラソンなどなど、いろんなスポーツにハマってきましたが、それ以前に比べると練習時間も、運動強度も運動量も大きく落ちていることに気が付きます。その事実は昨日のフルマラソンで証明済みです (汗)。

つまり、運動をやっていたのはもう過去の話であり、大した練習もせずにフルマラソンに臨もうとしている事自体、ナンセンスなわけです (汗)。もっと問題なのは、運動量や筋肉は大きく落ちているはずなのに、食習慣はあまり変わっていないように思います。加えて、社会人になってからは、学生の時と比較して運動をするための時間が明らかに取りにくくなっています(ヒマじゃないので)。そりゃー、体重は増えてしまいますね。

昨日のフルマラソンで今シーズンのレースは終了したのですが、去年は7つのレースに出ました(練習会も含めると9つです)。練習やコンディション作りはともかく、定期的にレースに出続けた事は自分としては良かったのではないかと思います。じゃないと、運動不足に気付いて反省する機会もないですし、練習もしなくなりますもんね。レースに申し込んだことで、少なくともそれに向けて(十分ではないにしろ)練習はするわけで、これにより練習量・運動量を確保できたと考えてもよいと思います。

レースのたびに、もっと練習しておけばよかったという思いを感じながら走っていたのですが、社会人になってからのレースなんて、そもそもそんなものかとも思い返しました。学生時代と違ってベストコンディションで臨めるわけはなく、調整不足・練習不足の後悔の気持ちを抱えながら走るのが(少なくとも自分にとっては)普通なのかもしれません。

ということで無理やりまとめるとするなら、『運動が出来たというのは過去の話で、今はただの運動不足の社会人である』ということをまずは意識したいと思います。その中で、自分の運動不足を定点観測する機会として、マラソンなどのレースを定期的に入れたいと思います。そして100%の準備は出来ないにしろ、可能な限り準備をし、調整不足の中でどれだけ頑張ることが出来るのかを自分に問いたいと思います。ということで、来シーズンのレースも早速入れていきます、これからも頑張ります!!


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です