チャレンジ失敗を総括すると失敗ではない

最近、仕事である新しいチャレンジに取り組んでいました。自分としてはたくさんの時間をかけてこのチャレンジに取り組んできました。しかしながら、どうやらこのチャレンジが失敗したことが分かってきました。チャレンジに失敗したこと自体は非常に残念なことです。しかしこのチャレンジ対してどのような意味付けをするのかに関しては「残念だった」という以上の事を考えてみたいと思います。

まず、チャレンジですので上手く行くこともあれば行かないこともある、そんなものです。もちろんうまく行けば嬉しいのですが、うまく行かなくてもまぁそんなものだ、というくらいの前提が必要かもしれません。上手く行かなかったから絶望的だと思うのも違うのかもしれません。

チャレンジ自体は上手く行かなかったのですが、ではこのチャレンジは失敗だったかというと、決してそんなこともないと思っています。自分はこのチャレンジのプロセスを通じて、多くのことを学びました。それは自分が良く出来ている点もあれば、反対に自分に大きく足りない点も意識させられました。これば挑戦してみるから初めて分かることです。チャレンジを通じて自己評価ではなく客観的な他者からの評価を受けることで、それがより明確になりました。このような学びはかけがえのないものだと思っています。

加えて、チャレンジを通じて大きな経験を得ました。今回の上手く行かなかった経験を通じて、次にチャレンジする時にはもっと上手く出来ると信じています。加えて、この「チャレンジが失敗したと」いうこと自体が自分の中で一つの話のネタになってくれています。であるなら、チャレンジは成功するか、学びになるか、最悪ネタになる、と考えるならばチャレンジして本当に良かったと思っています。

以上の通り、自分が当初望んだ通りには物事は進みませんでしたが、それで良かったのではないかと思うようにもしています。スティーブ・ジョブズの connecting the dots ではないですが、今回の結果は将来振り返った時にきっと良い方に転ぶと思っています。「あの時のチャレンジがあったからこそ今がある」と将来思えるようにしたいですね。という様に考えるためには、これからの頑張りが必須です。今回のチャレンジは以上の通りうまく総括できたので、また次のチャレンジに向けて進んでいきたいと思います。頑張ります!!!

 


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