#764 自分に高い基準を課し続ける!

帰国まであと26日!

(1)論文、
活動、原稿の見直し
時間、1h

(2)英語発声練習、
活動なし

(3)その他活動サマリー、
近場をドライブ

(4)陸トレ、
65.5 kg、OK

(5)感謝、
美しい景色

(6)新しい挑戦・昨日からの進化、
朝に仕事をする

(7)ブログ、

今日は近場の海岸線沿いにドライブに出かけました。きれいな太陽の日差しと海岸線とを眺めながら、(仕事場の近くの日常の世界なんだけど)日頃見ることのない非日常の世界に出会うことができ、とてもリフレッシュ出来ました。

さて、本題です。自分は今、論文を書いているのですが、その先生である同僚のアドバイスによると、「原稿はやろうと思えばどれだけでも完成度を高めることが出来るという意味で、原稿は永遠に完成しない。だから自分が納得できるところで活動をやめるわけだけど、どこで止めるかはそれはもう自分の美意識が決めること」というメッセージをくれました。これは何にでも通用することだと思います。

自分の仕事、趣味、容姿などなど、自分のやり方やあり方についてこだわりというのがみんなにあると思います。その中で、ここでは自分の仕事やあり方について考えますが、自分はこれだけやって当たり前だ、自分はこうありたい、という基準を自分としては大切にしたいと思います。逆に自分はこうは有りたくないというのもあると思います。それは人が見ていても見ていないくても同じことだと思います。

それを美意識と呼ぶ場合もあるでしょう。この基準が落ちてしまうと、不正をしたり、人が見ていないところでサボったり、自分の仕事や活動の完成度が下がってしまうのだと思います。

何でもそうなのですが、はじめからこれらの基準が低い人は少ないのだと思います。しかし、一度これらの基準が落ちてしまうと、次からも『今回だけ』と言いつつ、それ以降も『今回だけ』を繰り返してしまうことになると思います。それだけ慣れの力は強いということでしょう。

一方で逆も真で、自分の基準を保ち続けることができていれば、その次もきっと自分の基準を保ち続けることが出来るはずです。

ではそのように楽な方に行く誘惑に毎回屈しないためにはどうしたら良いかというと、やはりその世界を身近に感じるということが大切なのでは無いかともいます。具体的には、高い美意識を持つ人達になるべく頻繁にそして長く触れることで、自分もそうありたいと思うことが出来ます。また、逆に自分とは異なる(それを低いと表現するかどうかは別として)美意識を持つ人達との出会いは、ある意味での反面教師として捉えることで、自分のありたい姿を意識することができます(なるべくならそのような機会は減らしたいですが)。

ということで、今自分は、そのような意識の高いお手本にすべき人と一緒に仕事をすることが出来るという面でとても恵まれていると思います。このチャンスもあとは少しですが、なるべく多くの事を吸収したいと思います。


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