#819 遠回しの注意は難しい!

期限まであと52日!

(1)論文活動、活動なし

(2)英語勉強、活動なし

(3)その他活動サマリー、

(4)陸トレ、活動なし

(5)感謝、
刺激をくれる先輩

(6)新しい挑戦・昨日からの進化、
後輩とディスカッションをしてみる

(7)ブログ、

今日は仕事の新しいアイデアが出てきて、そのディスカッションに夢中になっていました。アイデアを膨らませる段階は楽しいものです。後から、考えればアイデアの矛盾などが出てくることもあるはずなので、今後冷静になってまとめていきたいと思います。

さて、本題です。会社の後輩にアドバイスのメールを書くことにしました。あくまでアドバイスで真っ向の批判ではないので、ネガティブには受け取ってほしくは有りませんでした。

こういうメールの書き方ってとても難しいですね。まず気分を害してほしくは無いので、なるべくアドバイスとしての書き方をしました。そして後輩の置かれている状況に対して理解をしめす文面を書きました。

「XXX という状況になったのは YYY ということは理解しており、仕方のないことなのだと思います。このような状況下でよく頑張っているのが伝わります。しかし ZZZ すべきだったのでは?・・・」

ってな感じの書き方です。ですがこの『しかし』と書いた途端に批判的なニュアンスが一気に表面に出てくるようで、まず『しかし』を消すことにしました。というのはカーネギーの『人を動かす』の中に、このような状況での『しかし』は結局は避難するための前置きになり、信頼感が失われてしまう、と書いてあるのを思い出したからです。

この”しかし”の代わりに『そして』とメールに書いてから、パソコンの前で何と続きを書くべきか悩むことにしました。長いこと考えたのですが正直うまいこと書けずに、『そして、ZZZ したらもっと良くなるはずですよね。』というありふれた書き方しか出来ませんでした。そうして一生懸命に書いたメールも出してみたら、言い訳半分・反発半分の返信が返ってきてしまいました。直接の批判に聞こえない遠回しの注意というのは難しく、残念ながら自分の文章の書き方では、彼に響かなかったのかもしれません。

結局はうまくいかなかったものの自分としてはよくやったと思っています。実際に書いたメールを見返してみても、元の文章よりも受け入れやすく、もし自分がこのメールを貰ったとしても、それほど悪い気はしないのではないかと感じました。人は面と向かって批判されたり注意されたりしても、面子を気にすることで素直に受け入れることは難しいと思います。自分が反省したりアドバイスを受けれる機会を考えても、遠回しの注意を通じ(あたかも)自分が間違いに気付いた時ほど素直に受け入れやすい時はありません。

今回はたまたま上手く行きませんでしたが、学びを実践に移せたこと、さらに自分の課題をクリアしようと試みたという点で、自分としては良かったと思っています。まだ成果を期待するには、技術的にも経験的にも未熟であるだけのことで、これを続けてることで不要な軋轢を回避することが出来るのではないかと思います。

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