#553 得るは捨つるにあり!

学位 PJ 第二期終了まで、あと46日!

(1)論文執筆、
活動、活動の振り返りと今後の作戦
時間、30分

(2)論文新ネタ、
活動、論文を読む
時間、30分

(3)英語、
活動、TED, The art of choosing
時間、30分、

(4)その他活動、
運動!

(5)感謝、
元気に運動できる体

(6)ブログ

今日は完全にオフ日(英語はやりましたが)で、昔の友人とあって数年ぶりのプロ野球観戦、そして昔話に花を咲かせました。

飲み会で論文が書けるまで禁酒していることを伝えると、びっくりされました(体がどこか悪いのかと)。そりゃ、学生時代に浴びるほど酒を飲んでいた自分が酒をやめたとなると信じられないでしょう(汗)。一杯くらい飲めよ、と進めてくれるのはありがたいことです。

しかし自分には達成したい目標があり、人と違う何かを得ようとすると、それと引き換えに何かを捨てなければいけないと思っています。

「得るは捨つるにあり」

という言葉のとおりだと思っています。捨てたのものの価値を分かっているからこそ、その分だけ一生懸命頑張れるということもあると思います。そもそもボクは聖徳太子じゃないんだから全部は出来ません。では何を捨てるのでしょうか。自分としては目先の快楽を捨てることを決心しました。

その象徴が禁酒です。もうかれこれ10ヶ月も酒を飲んでいません。まあ、一杯くらいいいかと思うこともないのですが、本当に一杯でやめれる自信がないので、完全にやめています。

確かに酒を飲むことと、自分が論文を書くために頑張ることは、ハッキリ言って無関係で、酒を飲みながらでも論文も頑張れるのが一番ベストだと思っています。

しかし自分にとって酒をやめていることは「未来のために今頑張る」ことの象徴であり、飲めないことを含め「今を犠牲にしていること」の悔しさを次の自分の行動にぶつけることで、結果として自分の行動を律することができているとだと思っています。逆に今飲んでしまうと、これまでストイック(だとは本人は思っていないのですが周りから見るとそうみたいなので)にやってきたことが全て楽な方に流れてしまいそうな気がしています。

さらに自分には、一杯飲んで次のもう一杯を飲まない自信や、飲んだ後に仕事や英語の勉強をする自信がありません。
まあ、それくらい自分の意識の強さを信頼していないわけですが、これもいつもの自分が大切にしている HBS のクレイトン教授の言葉のとおりです。

「自分のルールを100%守ることのほうが、98%守ることよりもたやすい」

確かに、家族と旅行に行ったときや、誰かのお祝い、また今回のように懐かしい友人と再開した時には、一緒に飲みたいと思ってしまうのですが、その楽しみは来年の3月までとっておきます。

いつも書いていることですが、酒をやめたとしても、論文や英語を頑張ることが出来なければそれこそ本当に無意味な禁酒になってしまいます。「ごめんなさい、今は飲めないんです」と謝ってきた分だけ、しっかりと行動につなげていきたいと思います。


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です