文章を書く、ということを続けています。以前は「書く」という習慣を身につけることが第一目的でした。今も習慣化は目的の一つなのですが、文章を書くことが上手になりたい、と最近では思い始めています。
というのは、自分が書くようになってからますます、他の方の文章の上手さに、そして同時に自分のレベルの低さに気付くようになりました。何事も同じなのでしょうが、はたから見ていると簡単そうに思えるけど、実際に自分がやってみると全く上手にできない、といった状況です。。。
(今更ですが、)文字にするということは、思考を深めることと深い関わりがあります。
思考を深めるということは、言語を使って行うため、自分の文章力、言語力、語彙、タグ付け、などのレベルはその人の思考ツールのレベルであり、世界を捉えるための認識のツールのレベルを現しているだと思います。
見ている人、見方、見る範囲、視点の位置、立場、etc. により、同じ事実でも異なった見え方が違う、というのはよくあるはずです。
食器洗剤の CM の例で考えれば、一見きれいな「まな板」も顕微鏡で拡大して見てみると雑菌だらけかもしれませんが、拡大して見ようと思わなければ雑菌に気づくことはないでしょう。ただし、もう一歩踏み込めば、拡大した際に細菌が付いていることを綺麗でないと思うかどうかは人それぞれの捉え方の問題で、さらにそれが医学的に問題であるかどうかはまた別の捉え方や解釈が必要です。(あれ?あんまりいい例ではない?汗)
同じように自分が日々過ごしている生活の中でも、言語能力の高い方であれば、たとえ自分と同じ行動や経験をしていたとしても別の捉え方をされるはずです。そしてそのような方は、日々の思考の質も異なるため、日常からの学びの量・質も圧倒的に異なるはずだと思います。
毎日のブログは、時間は限られた中で書いてはいますが、それでも一生懸命書いています。でもこのレベルです(汗、今は。。。)。
つまり、文章力が低い ≒ 思考の質が低い、ということを毎日、証明しているのですが、この非常に“痛い”事実から逃げずに、まずは認めた上で、上達へ向けてスタートしていきたいと思います。
一朝一夕に身につくものではないので、いま上手に書けなくても仕方がありません。それは、これまでの書くこと(そして考えること)から縁遠い生活をしてきた人生を振り返ってみれば当然かもしれません。
ですが、きっと毎日、正しい方法で継続していれば、上達するはずだと思っています。まずは、下記の点を意識しながら、今後も頑張ってみたいと思っています。
読者を想定した上で、読者を意識して書いてみる、
その日に心が動いた点を切り取るような内容に意識する、
自分の言葉・オリジナルの表現で表現する、