くたびれ果てた自分の姿を見て思ったこと

【期日まであと2日】

昨日、誰もいなくなって真っ暗になったオフィスから帰る時、エレベーターを待っていると、扉のガラスに自分の疲れ果てた顔が映っているのが見えました。『仕事が終わった後に論文の対応を続け、この時間まで頑張ったのだから、そりゃ~、こうなるよな』と妙に納得して一人で可笑しさを感じていたのですが、その時に同時に非常に大きな満足感を感じていることに気が付きました。

まだ決して何かを成し遂げたわけではなく、結果に対しては何一つ満足はしていないですが、今日出来た仕事の絶対量とその内容、さらにその仕事につぎ込んだエネルギーに対しては、大きな肯定感を感じることが出来ています。達成感とは違うんですが、しみじみ湧き上がってくる充実感だとか満足感といった感じでしょうか。

これまでも一生懸命に仕事や論文には取り組んで来たのですが、どこか不完全燃焼の感がありました。というのは、緊急だけど重要じゃない課題に振り回されて大切な事を先送りする結果になってしまったり、頑張ってはいたつもりだけど実はもっと頑張ることが出来るという実感があったり、仕事は進んでいるけどいまいち頑張りきれていなかったり、などでした。しかし今日は自分にとって重要な課題を先送りすること無く、自分のできる範囲のエネルギーをつぎ込み、期待した進捗が得られたことから、上記の充実感が得られたのだと思います。

今は一時的に(体力的には)苦しい思いをしていますが、これを継続していれば将来は絶対に明るくなり、自分の望む姿に近づけるという確信があるので、体力的には苦しくてもプラスの気持ちしかありません。未来が見えなくて不安な時は、その時に自分にできることをとことんやり切るということが、不安に抗う数少ない手段だと思ってるのですが、それが実行できているのだと思います。

一方で、今日は長時間頑張りすぎて、そろそろ肉体的・精神的にも限界に近づいています。いやまだまだ頑張ることが出来て、もっと長時間アウトプットを続けることも出来るのですが、自分を追い詰めすぎると、眠さやダルさで集中力が下がり、アウトプットの効率が悪くなってしまいます。今日も論文の対応をやっていて、効率が下がっていることを感じました。ですので、これ以上(少なくとも体力的に)自分を追い詰めるのはやめにして、生産性を落とさないように体と心のコンディションのケアに力を入れたいと思います。と幾分、大袈裟気に書きましたが、体力的にはキツイのは、いつまでも続くわけではありません。まずは4/1までの期限に向けて、あと少しだけ頑張っていきたいと思います。頑張ります!!


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です