多産多死で成果物の質を追求する

自分の信念として、何事も継続が大事だと思っています。これについては色々な見方があると思っていて、一日あたりの成果はわずかでも長く継続していれば成長するという考え方もあれば、質の低い成果物を毎日生み出していてもそれは無駄なことであり成果物の質にはこだわるべきだ、という考えもあると思います。どちらも正しい意見であり、状況によって正解も変わっているとおもうのですが、自分としては前者の『質は低くてもよいので毎日継続すべきだ』という考え方を優先しています。

その典型がこのブログで、ゴミみたいな質の低い文章を毎日書き続けた来たわけですが (笑)、それでも長いこと続けていると質も(それなりには汗)向上し、似たような内容でも書き続けることでそれが自分の考え方として定着してくるのだと思っています。うんうん唸りながら質の高いものを1週間連続して作っていこうとするよりも、質はそこそこでいいから1年間も継続していくなかでそれなりの品質のものが年に7つ出てくればいいや、と思ったほうが気が楽であり実際に良い成果物が生まれるわけです。

また質にこだわって成果物を出そうとするのは、継続することにとってマイナスになりかねません。というのは、成果物の質にこだわるとプレッシャーからなかなか手がつけられなくなります。そうすると結果として、ブログを書くことにそれなりに時間がかかってしまい、その時間の確保に苦労することになります。だから継続することをまずは第一の目標とするのなら、成果物の品質については大いに妥協しても良いのだと思います。実際に一日のうちに自由にできる時間を考えると、質の高いものを作ろうとして手が止まってしまうはもったいないことだと思います。

まずは質を気にせずにアウトプットをしてみることが大事です。実際ゴミみたいな成果物ができてきても何も困ることはありません、ただ少し恥ずかしいだけでの話です (笑)。そういえば、インパクトのある論文を書いた優秀な科学者、構成に残る名曲を作曲した音楽家、などイノベーティブな成果物を出した人に共通しているのは『多作』だったとこともよく知られている話です。イノベーションの方法論の一つが多産多死であったように、このブログにしても(その先にある自分の思考の質にしても)まずは継続に基づく多産多死を方法論として、それなりの質のものがポツポツ出てくるといったようなスタイルを目指したいと思います、頑張ります!


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