練習により内的対話のための言語を蓄積する #1219

自分がランニングの練習をするとき、走り出す前には必ずその日のメニューを決めてから走り出すようにしています。というのは、先に決めておかなければ、どんどんと楽な方に流れてしまい、苦しさに耐える練習が全く出来なくなるからです。

しかし事前に『今日はキロ5分半で20キロ走る』だとか『キロ6分半で120分走る』だとか決めておけば、少なくともそれを達成するまではどんなに辛くても逃げれません。もちろん逃げれない状況は耐えるしかないので、走っている間は本当に辛いです。ですが上記の通り、それが練習になるのだと思っています。

実際のレースでも、また本番の仕事においても、辛い、痛い、苦しい、etc. と感じた時に、そのネガティブな刺激から逃げようとするのは人間の自然な反応です。ですが、それにばかり従っていると『辛いからサボろう』ということが常態化し始め、そうなるとパフォーマンスは絶対に上昇しないと思います。

辛いと思った時に、もうひと頑張りできるかどうかが結局のところその人のパフォーマンスを分けるのだと思います。ではどうやって『もうひと頑張りするのか』と言われると、様々な言語を頭の中で回すことしかあり得ません。

『あと5分だけがんばろう』そして5分経てば『あと、もう5分だけ頑張ろう』とか、『苦しいのは皆同じだから、ここが勝負どころだ』とか、『苦しい今こそ、これまでの練習の成果が試されている』とか、『ここで手を抜いたら、これまでの苦労が全て台無しになる』とか『自分はこの程度で音を上げる人間か!』とか、『手を抜いてスピードを落としてもトータルの苦しさは変わらない』とか、いろいろです。

昔は、単に『がんばろう』とか『気合いだ!』とかを繰り返し回していたのですが、何時間もその言葉だけを回していると、さすがに飽きてきて効果が薄れてきてしまいます。必要となる言葉は何でも良いわけではなく、『より具体的で、自分にピッタリと刺さり、かつ新鮮な言葉』が必要なのだと思います。

きっと本番のフルマラソンの37キロ地点でも、仕事の締め切りが迫った22時のオフィスでも、これらの言葉が生きてくると思います。むしろ、今の練習や仕事は体力的なことや技術的なことを強化するだけではなく、これらの精神的な強さを培うための練習なのだと思っています。その精神的な強さを一言で表現するなら、言葉により自分を縛り、目の前の困難から逃げなくする強さであると思っています。ということで、自分を律する言葉を蓄積する意味でも、『今』頑張らなければいけません。と、偉そうに書いていますが、実際のところはすぐに楽な方へとサボるので、そうならないように自戒の念を込めて書いてみました。。。


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