敢えて手間のかかる道を追求をする

会社のように成果が求められる場にいると、ついつい視野が短期的になってしまい、成果の出やすい仕事に目が向きがちになります。当然のことながら短期的な成果は大切なのですが、それだけじゃあ長期的にみると先細ってしまうことは間違いありません。だから目線を上げて長期的な視野での取り組みにも時間を投入すべきだと思います。

そこで問題になるのは、どんな活動が長期的に資するのかということです。長期的に価値のある活動とは、一時の流行などではない普遍的な価値を持ち、一度身につけてしまえば価値が減らないような活動であり、ナンバーワン・オンリーワンの地位を獲得できるものであり、かつ他からの参入障壁があるよう活動でしょう。

加えて、最近ではIT技術の進歩により置き換えれない価値というのも大切なのかもしれません。人工知能やビックデータの半端ない威力は、上記を考える上でも決して無視できません。

これからそんな活動ってあるのか?と考えてみたのですが、デジタルではないアナログ的な、論理的より感情的な、機械的というより人間的な、マスっていうよりも個別の、etc. といったようなイメージを自分は抱いています。サイエンスやビジネスっていうよりも、もはやアートの世界に入っていくのかもしれないですね。

そうなるとそれを身に付けるのは仕事というよりも、修行・修養・修練であり、茶道・華道などのような『道』の追求なのかもしれません。つまりめちゃめちゃ時間がかかり、並大抵ではない根気もリソースも必要です。『こんなの身につけたら有利かも』みたいな安易な発想ではなく、『道』を追求する『求道者』的な発想で、取り組んで行く必要があるのでしょうね。それってどんな感じなのでしょうか?

たとえば、その『道』が好きで好きでたまらないとか、その『道』の家元の跡継ぎに生まれた運命を背負っているとか (笑)、その『道』を盲目的に進むことを信念としているとか、もはや自分にはよく理解できないレベルなのかもしれません。

いずれにしろ、価値のあるものを身に付けるためには、当然の事ながら莫大な手間と時間(と場合によってはカネ)がかかります。逆に、それほと手に入れにくいからこそ身に付けると価値がある、とも言えるのかもしれません。楽して良い結果だけを手に入れたい、という発想自体がダメなんでしょうね(まさに『寝言は寝て言え』なのでしょう・・・)。まず、楽するという発想をまずは捨てることから始め、将来のために長期的な視点で『手間のかかる道』に敢えてじっくりと取り組みたいと思います!


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です