#1076 そのプレゼンは何のためですか!?

最近、とても凝ったカッコ良い資料を使ったプレゼンを聞きました。シンプルで、ビジュアルが満載で、デザインやビジュアルのトーンが揃っていて、非常にカッコイイけれども、作り込んでいるわざとらしさを感じさせないものでした。自分もこのようなプレゼン資料をつくりたいと本当に思いました。

しかしそれだけにとても残念だったのが、「オシャレでカッコイイ資料だ」という以外の印象が一切記憶に残らなかったということです。自分としてはとても意外だったので、その原因を少し考えてみました。

そもそも資料がカッコイイので、その分プレゼン自体をとても楽しみにしたということがあります。しかし肝心のプレゼンは早口で情報量が多すぎて、何を言いたいのか良く分からないという状況でした。資料が素晴らしいだけに、なんかとても残念な気持ちになりました。

詳細は不明ですが、察するにプレゼンの資料(ビジュアル)作りに凝るあまり、プレゼンの練習に時間が避けなかったのでしょうし、それ以前にこのプレゼンで何を伝えるべきかのメッセージの絞り込みが出来ていないように思いました。

こういうプレゼンを聞くと、あくまでプレゼン自体が主で、プレゼン資料は従であるこという当たり前のことを再認識させられます。もちろんどちらも大切なのですが、資料が雑でプレゼンが上手いというのであればきっと心に刺さることもあると思います(そもそも資料なしでも、心に刺さるお話をする方もたくさんいらっしゃいますし)。

もっと言えば、資料はあくまでプレゼンターがメッセージを伝えるためのツールに過ぎず、それをどのように生かすべきかのかをトータルで考えたプレゼン戦略が必要になってくるのだと感じました。つまり、そのプレゼンはそもそも何の目的で行っており、そのプレゼンにより何を得たいかということです。

と考えると、上記の素晴らしいプレゼン資料はまさに部分最適化により全体最適化に失敗した例であるように思います(今、まさに自分が改善に取り組んでいるテーマの一つです汗)。

こういうことってプレゼンに限らず、生活のあらゆる点で考えなくてはならないことです。つまり「今、そこにリソースをつぎ込むのが第一ですか?」と自問自答し、そもそもの目的を達成するということを第一に考え、自分のリソースの使い方を考えていきたいと思います!


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