自分らしい貢献により成果を生み出したい

今日は、会社の同僚と一対一で飲みに行きました。彼は自分よりも若いのですが、今の職場での経験は当然ながら自分よりも長く、会社では誰からも頼られる存在です。自分も何度も仕事で助けていただいて、今日はそのお礼と、もっと話を聞かせていただきたいということで飲みに行きました(結局、飲み代はワリカンになっちゃいましたが笑)。

いろんな話をしたのですか、自分にとって興味深かったのは、どのような仕事ができれば組織に貢献したと実感できるかという話です。その同僚は年齢は若いのですが、この分野で自分からすれば大きな成果を上げているように見えます。だからこそ、聞いてみたい質問でもありました。

結論から先に言ってしまうと、その人だからできたとか、その人が担当したから早くできた・上手くいった、といえるような仕事ができれば良いのではないか、という話になりました。なかなか成功が少ない医薬品業界で、マーケットに出た製品を担当したということは、あまり多くの人が経験できるわけではありません。製品の創出を通じて患者さんに貢献できることはとても名誉なことです。しかし、その製品を自分が担当したとしても、必ずしも担当した皆が仕事で満足感を得られているとは限りません。自分が納得する貢献をできたかどうかが、仕事に対する満足感に直結するのだと思います。

要はそこで自分の強みを生かした貢献ができたか、自分だから成し得る何かができたか、これまでの前提とは異なる何かができたか、などといった自分らしい貢献が満足感に繋がるのではないかと思います。もしかしたら、この評価は客観的なものではなく、主観的な評価でも構わないと思います。(周りの人はどう思ってるか知らないけれども)自分としては「自分だから出来た」と思っている、という解釈で良いのではないかと思います。

ここで大切なのは最終的な仕事の成功や失敗とその人の満足度は必ずしも一致するとは限りません。(たとえ仕事が最終的に失敗したとしても)これ以上その仕事を進めないという意思決定に効果的に寄与出来たか、といったような貢献により、自分が満足感を感じられると思っています。

自分が研究をやっている時を思い出せば、(お金や期間が他の与えられた制約の中で)自分らしい貢献とは何か、自分がもっと貢献できることは何か、ということを常に考えていました。研究から離れても、このスタンスは変わることはないと思っています。もっと言えば、創薬研究をしている自分が開発部門にいるからこそ生み出せる価値とは何か、というのが自分のオンリーワンの貢献につながるのではないかと思います。と考えると(今は何ひとつ自分らしい貢献ができてない自分ですが)少しだけ前向きな気持ちになれるように思います。この気持ちを忘れることなく、また明日から頑張ってきたいと思います。


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