定期的な負けを生活の中に組み込んでおく #1186

今日、論文に関して、大負けをしました (汗)。詳しいことはまだ書けないのですが、下手な比喩を用いて状況を説明しようとするなら、意気揚々と他流試合を申し込んで道場破りに出かけたものの、門前で一瞬でこてんぱんにやられてしまった、という感じでしょうか。まあ、一言で表すと非常にぶざまな状況です。

こんな状況ですので、一瞬だけとても凹みました(もう大丈夫ですが)。ただ、こういう負けってとても大切だと思ったわけです、負け惜しみではなくて(負け惜しみは二割くらい入っていますが汗)。負けることにより初めて目に入ってくることはたくさんあります。例えば自分の実力不足、慢心、努力不足、戦略の悪さ、などです。決して認めたくはないものが多いですが、そこから目を背けては成長は出来ません。

『勝って兜の緒を締めよ』とはよく言ったものですが、自分の場合は勝つとすぐに天狗になってしまうので、なかなかこうはできません。やはり負けるという言い訳の出来ない現状をつきつけられて感じる悔しさとか反省の思いは、勝っている時には感じることが出来ないものだと思います。自分はスーパー負けず嫌いのなので負けることは決して気分が良いものではないですが、自分のようなお調子者が成長していくには必要なプロセスだと思います。負けは負けですが、決して失敗とは思っていません。貴重な学習の機会であるとと思っていますし、諦めていない以上は失敗とは認めません(周りがどう判断するかは別としてて笑)!

ただ負け方にはコツがあるのだと思います。まず負けたことで致命傷にだけは絶対にならないようにしなければなりません。リカバリーが効くような負け方が必要で、加えて今回のように(?)負けたことでプラスのエネルギーで満ち溢れてくるという負け方が理想です。高い目標にチャレンジしているから負けるんだという納得感のある気持ちの良い負け方にならないといけないでしょう。一方で負けは大切とはいえ、負け癖がついてしまうことはマイナスだと思います。負けて悔しくないと思ってしまった時点で成長ができなくなります。

チャレンジと負けは表裏一体です。負け続けることを恐れるあまり挑戦していないことが実は長期的に見ると最も怖いことなのだと思います。上記の通りチャレンジには負けはあっても失敗はなく、成功と学びしかありえないようにチャレンジをデザインしたいと思います。こんだけ書けばもう元気になりました (笑)、明日からまた頑張ります!


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