どこを基準にするかでその人の当たり前が決まる #1243

自分は本を読むのが好きで、学生時代から(ジャンルに偏りはあるものの)多くの本を読んできました。・・・のつもりでした。ですが、最近(詳しくは書けませんが)、本当に時間が無い方が激務の合間を縫って月10−15冊、つまり年間150冊くらいも読んでいる事を知りました。自分も全く以ってまだまだだなと気付かされれ、もっと勉強をしないと正直話にならない、スタートラインにも立てていないんだなと感じるようになりました。

今の自分が何かでうまくいかない事があると、能力が足りなかったり、パフォーマンスを発揮できなかったり、とたくさんの理由を挙げることが出来るのですが、そもそも全くモノを知らないのに成果なんて出るわけない、とも言えるかもしれません。例えば自分は研究者として働いていますが、研究を行っていく上でもマーケティングや交渉力などが実はとても重要です。ですが本業ではないので、仕事で必要でも誰も教えてくれず、自ら学ぶ必要があります。

しかし勉強は殆どできていません。社会人になって仕事に打ち込むようになったり、論文を書くようになったり、特にブログを書くようになってから、これらの活動にかなりの時間が取られ、本を読む時間を殆ど取れなくなっています(汗)。まあ、正直なところ知らなくても、そこそこのレベルではやっていけるのでしょうが、超絶ブチ抜けようとするなら現状では全く不十分です。今のレベルを抜け出すためには、勉強してそれらの技能を使いこなせるようにならないことには、全く勝負になりません。

もちろん仕事に関係しない分野においても、自分の興味や教養、そして娯楽のためにも、もっともっと本を読みたいと思います。もちろん単に本の量を読めばいいってものでもなく、分量は目安に過ぎませんが、圧倒的な分量を叩きこまないことにはスタートラインに立てないことは間違いがないと思っています。

と考えると、冒頭で述べたとおり、自分は全く以って甘っちょろいと思います。。。事実は一つですが、要はどこに基準を置くのかにより判断は変わってきます。正確に表現するなら、今のままのレベル感でずっと生きていくなら『たくさんの本を読んできた』と言って満足していても良いかもしれないですが、自分が目指したいもっともっと上の階層で戦っていくには『全くもってモノを知らない、顔を洗って出直せ!』ということになるのでしょう(汗)。知識や教養、専門性を身につけ、また心を磨いていくためにも読書は必須だと思います。確かにあまり時間は取れないのですが、それでも少しずつでいいので、時間を天引きして本を読みたいと思います。


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です