感動の瞬間はそう頻繁に訪れるはずはない

年の瀬も近づき、個人も色々な組織もそしてメディアも、この一年を振り返っているのではないでしょうか。今年も色々な出来事があり、良いニュースもあればそうではないニュースもたくさんありました。中でも日本を勇気づけたのは、ラグビー日本代表のワールドカップでの大躍進でしょうか。奇跡とか歴史的勝利と言われた南アフリカ戦も含めて3勝を挙げ、日本中に感動を届けました。その他にも、大村先生と梶田先生のノーベル賞受賞を始めとして、日本の無人補給船『こうのとり』のISSへの到着を始めとする日本の宇宙開発、北陸新幹線の開通、などなど今年も多くの良いニュースや感動的なニュースがありました。

と、このような捉え方をすると『世の中には感動が溢れる』ように思いますが、それにより『感動は頻繁に訪れる』みたいな錯覚が生まれ、『自分は頑張っているのに何で感動的な仕事が出来ないんだろう』みたいな思いも生まれてきます。

『いやいや、ちょっと待て』って話で、それこそメディアの情報の出し方に踊らされているだけですね。そもそも、そんな簡単に感動的なシーンが来るはずなんてないんです。実際にラグビー日本代表だって、自分には想像も出来ないような4年の長期におよび苦しい準備期間があったことも紹介されています。そしてチームメンバーは多くの犠牲を払ってこの準備に打ち込んだと聞いています。この長い準備期間があった後で、一瞬のスポットライトがあたるように感動的なシーンが生まれるわけです(大村先生や梶田先生だって、宇宙開発だって、当然ながら同じプロセスを踏まれているはずです)。

上記のような超ビッグニュース以外でも、驚きや感動を生み出そうとするなら、地道で苦しい長期間におよぶ準備は必須なことは欠かせないでしょう。感動は(メディアが演出するほど)そんなにポンポンと生み出せるほど甘いモノであるはずはありません。地味で地道な準備はなかなかスポットが当たりにくいですが、大きな樹が目には見えない地下でそれ以上に大きな根を張っているのと同じように、大きな成果には目に見えにくいですが必ず準備があります。驚きや感動を生み出されている人たちの長きにわたる準備と努力に対して心からの敬意を表すると共に、また自分も少しでもその準備と努力に近づけるように覚悟をもって地道に頑張りたいと思います!


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