現代の世で不平不満を言わないことは美徳か

自分はド田舎の生まれで古き良き時代の日本の精神が残っているような環境で育ててもらいました(感謝です!)。そのため小さい頃から、『不平不満は言わずに現状を受け入れ、良い所を見出し感謝することが大切だ』と教わってきました。その教え自体は非常に大切にしていて、自分はこれにより救われることが多くあります。

一方で上記の教えには、『不平不満を言ってもどうすることも出来ず言っても無駄だから、ありのままを受け入れよう』という諦めの念も含まれているように思います。確かに昔の田舎では、情報も無く、メディアも無く、人も制度も固定化しており、(おまけに江戸時代までは身分制度まであって選択の自由も狭かったわけで)、多くの制約があったため人生や運命を容易には変えることは出来ず、持って生まれた状況をありのままに受け入れるしかなかったのだろうと想像します。

しかし今は時代が違います。世の中には情報が溢れ、(ITインフラさえあれば)世界のどこからでも世界中の情報にアクセスでき、かつ自分自身が世界に向けて情報発信をしていくことが非常に簡単になりました(少なくとも手段の面では)。個人のやる気とアイデア(と少しの知識)さえあれば、上記に挙げた制約は殆どクリアできるようになり、情報も人も必要であればお金も集めることが出来るようになります。

そのような状況下では、『不平不満を感じても、そんなのを無かった事にして諦める』のはどうなんでしょうか。むしろ不平不満を感じたら、『必要は発明の母』『不自由は発明の母』であると考え、それこそが改善のスタートで、もしかしたら(ビジネスの)チャンスになるかもしれないと喜ぶべきでしょう。そういう問題解決に繋がる不平不満は『○○って出来ないんだけど、どうしたら解決できるだろう?』と前向きかつ積極的にした上で、口にだすべきだと思うんです。

ただし、(問題解決につながらない)不平不満を口に出すことは問題解決能力が無いことの証明であり、そんなことを口に出している暇があれば、解決に向けて少しでも頭をつかうべきです。いや、実際にオフィスでも家でも不平不満を言ってますが、あれは健全で前向きな不平不満であって、これから状況を改善していくスタートなんです (汗)。と、言ったからには状況の改善に向け頑張ります!


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