地味な基礎練こそ未来への希望を生み出す活動である

ランニングの練習の一環として、ストレッチや体幹トレーニングを行っています。これらのトレーニングにより体を効率的に使えるようになり、タイムの向上と怪我の防止に繋がればと思っています。・・・が、いわゆる基礎錬と呼ばれる類のトレーニングで地味な動作の繰り返しであり、時間はかかる上に全然楽しくはありません (汗)。頑張ったところで、運動をした、練習をした、という充実感や満足感も得られません。

ですので、『基礎練は退屈だから、ちょっと嫌だな』と感じたり、『もっとハードなトレーニングをしなくても大丈夫だろうか』と不安に思ってしまうこともあります。しかし結論から言えば、そこのように思っては絶対にダメで、こういった認識は捨てるべきだと思っています。基礎練とは、算数における計算ドリルとか、英語学習における英単語覚えとか、サッカーにおけるリフティングやキック錬に相当すると思います。どれも地味ですね (笑)。ですが、これらの練習をバカにして、入試問題ばかりを解いていたり、単語を覚えないままベルリッツに通ったり、ボールをうまく扱えないのにラボーナやオーバーヘッドキックばかりやっても、全然上達しないのは自明のことだと思います。当然ながら、どんなスポーツのスター選手も、基礎は大切だと言っているように思います。

派手な成果の水面下には、地味な基礎が絶対にあることを忘れてはいけません。特に、苦しい時やギリギリの局面でこれらの基礎が問われるために、ごまかしが効かなくなると思っています。特にマラソンなどのエンデュアランス系のスポーツでは小手先の技術ではごまかしきれず、基礎(技術や体力)の差が色濃く出てくるスポーツなのではないでしょうか。

だから基礎練に対して『嫌だ』とか『退屈だ』という認識自体を捨ててしまうことが必要だと思います。ではどういう認識に書き換えれば良いのでしょうか。『楽しい』っていうのは無理やりすぎて違うと思いますが、『未来への希望を生み出す活動』であるとか『幸せな活動』だと表現すべきでしょうか。そう考えると、なんとなく継続したくなってきます (笑)。

何度も書いていることですが、これらの基礎練をちゃんと出来る人ってなかなかいないんですよね、多分。っていうのは、誰にとっても地味だし退屈だしつまらないのは同じでしょうから。だからこそ、そこをしっかりと手を抜かずに継続できているのかどうかが、結果的に大きな差別化要因になってくるのだと思います。ということで、ランニングでも英語でも仕事でもなんでも、暇さえあれば基礎練を続け、いざ本番で安定した成果を出せる基礎をまずは確実にしたいと思っています、頑張ります!!


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