シロクロ思考による自責の行き過ぎには注意

自分の性格について考えてみると、自分は曖昧な状態に耐えられず、物事をはっきりさせたいと考えがちだと思います。例えば、自分の取ったある行動が結果的に良かったのか悪かったのか、実際のところ彼(彼女)の発言は正しいのか正しくないのか、などなど、○ か × かの二者択一で考えがちです。こうやって思い返してみると、考え方が少し極端過ぎるのかもしれません。

例えば、あるプレゼンをしたときに、全体としていくら素晴らしい(自分としては納得の)プレゼンテーションが出来たとしても、質疑応答で一箇所でもうまく答えられないところがあると、全てが失敗だったと考えてしまう傾向があります。もちろん始める前の準備段階では、やるからにはベストを目指したい、百点満点を目指したい、と言う気持ちでは臨みます。しかし、実際に終わった後では、満点ではないといけないといけなかったと考えるのではなく、違う捉え方をしても良いのかもしれません。

自分の場合は、上手くいかなかったところにだけに意識が集中して、(次回プレゼンを行う際には)どうすれば上手くいくかをクヨクヨ考えがちです。もちろんこれは未来につながる行動であり、失敗を反省すると言う面でも良いことだと思います。しかし一方で、一つの点がうまくいかなかったから全て失敗だったと考えるのも極端すぎ、そこまで自分を責める必要もないのではないかと思っています。プレゼンの例であれば、説明が一箇所うまくいかなかったけれども、それ以外の場所はまずまずだったから、今回は及第点だと考えても良いでしょう(画竜点睛ではもちろんダメなのですが汗)。

まぁ、このように考えないと、今度の場合、常に自分のパフォーマンスを否定することになりかねません(だって、凡人の自分が百点満点が取れることなど、ほとんどないわけですし笑)。物事は、うまくいったがいかなかったか、白か黒か、善か悪か、のデジタル的な二者択一ではなく、「中間もある」と言うアナログ的な発想を持って、自分を(そして周囲を)肯定することも必要なのかもしれません。まぁ、できの悪い自分が、一箇所以外はうまくできたと考えて、自分を褒めてやる方が自分としても次へ向けてのエネルギーになりそうです (笑)。ということで、あんまり白黒思考で窮屈に考える事は無しにして、自分を肯定し、次に向けての成果につなげていきたいと思います。がんばります!!!


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